なんかおまえ、変わったな
P&IDと最後に真剣に向き合ったのは、いつだったか。配管計装図――Piping and Instrumentation Diagram。プラントエンジニアにとってはバイブルであり、設計意図を伝える共通言語そのものだ。だが、それは常に「人間が読むもの」だった。1000枚の図面を目視でレビューし、接続を追い、整合性をチェックする。滝行のような作業だったが、プロジェクトが始まるとそれが日常だった。
ところが、久しぶりに再会したP&IDは、ちょっとあか抜けていた。 まるで、知らないうちに別の世界の言語を身につけてきたように見えた。
日揮グローバルのEPC DX部隊が開発したTag Graphは、P&IDをグラフ理論でトポロジー化し、整合性を自動検証する。図面レビューのマークアップと集計作業を90%削減した。YOKOGAWAが外販するOpreX Data Model Brokerは、2D CAD図面を機械可読な構造化データに変換し、ISO15926国際標準準拠のXMLで出力する。計装リスト、配管リスト、材料リストを自動生成し、工数を60%削減している。
P&IDは、もはや「人間だけが読むもの」ではなくなり、機械も読めるようになった。そして、それは単なる効率化以上の意味を持つ。
富士山を登る二つのルート
この「機械可読化」という山頂を目指すルートが二つあることにお気づきだろうか。
順方向――設計から実装へ。日揮やYOKOGAWAのアプローチは、設計図という出発点から機械可読化を進める。設計段階で作られた情報を構造化し、製造・施工・保守へと流していく。いわば「設計思想」から登り始めるルートだ。
逆方向――実装から設計へ。CADDi Drawerは既存の膨大な図面ストックをAIで解析する。手書きの注記も、古いフォーマットも、すべてデータ化する。図番、材質、品名を2秒で検索できる。これは「図面という文化資産」から登り始めるルートだ。実績という名の登山口から、同じ頂を目指している。
私がこれを興味深く観察しているのは、3D空間でも同じ構図が展開されているからだ。
順方向では、BIM/CIMとして設計データを3Dモデル化し、施工・維持管理に展開していく。設計情報が空間へと拡張される従来よりある流れ。
逆方向では、3Dレーザースキャナーで既存設備をキャプチャし、点群データから配管や機器を自動認識してBIMモデル化する。InfiPointsは点群から配管・鋼材を自動抽出し、Revit連携する。図面のない老朽プラントでも、スキャンすればBIMが構築できる。
さらにGaussian Splatting――3DGSは空間を「ガウス分布の粒子群」として表現し、リアルタイムレンダリングを実現した。中部電力は3DGSで設備管理をDX化している。物理空間が、そのまま演算可能なデータになる。
2D図面でも3D空間でも、順方向と逆方向が同じ頂を目指している。
選択肢が増えた、それだけのこと
「苦労は買ってでもしろ」――かつてはそれが美徳だった。図面の1000本ノックは人力、現場確認は目視、10年下積みして一人前。確かに、そうやって鍛えられたエンジニアには驚異的な審美眼を持つ者が存在した。全数検査せずとも抜き打ちで不整合を100%抽出してしまうような強者があなたの周りにもいたであろう。
だが、10年目視チェックを続けてもスーパーサイヤ人になれるとは限らない。認めたくはないが、変容につながらない苦労は、ただの消耗にすぎない。
そんな今、テクノロジーは単なる道具ではなくなり、人をエンハンスするものになった。鮨職人の世界に短期集中訓練のルートが生まれたように、エンジニアリングでもテクノロジーが人の能力を拡張する時代になった。経験が浅くても一流の仕事ができる。既定のスキルセットを満たしていなくても違うやり方で勝負に出られる。
日揮も、YOKOGAWAも、CADDiも、提供しているのは「強制」ではなく「選択肢」だ。機械に任せることもできる。テクノロジーで自分を拡張することもできる。挑戦する人々に、幅広くチャンスが転がり込んできた。それだけのこと。
ただし、選べるようになったという事実は、構造変化の本質を隠してしまいがちだ。
山頂で何が起こるのか
順方向と逆方向――二つのルートが富士山頂で出会うとき、何が起こるのか。
設計思想と現物構造が機械可読なデータとして対峙したとき、そこには単なる「整合性チェック」以上のものが待っている。なぜそう言えるかは、図面やBIMは現物のすべてを表現しきれない事実があるからだ。設計意図通りにならなかった現場でのすり合わせや妥協、設計者が意図しなかった現場の人だけが知っている発見。現場には図面に描かれていない潜在的無形資産が眠っている。
この隠れた金塊が、保全をプロフィットセンターへ変容させる、というのが私の仮説。
順方向と逆方向が邂逅する山頂で、私が見ている景色――その話は追々。
おいおいっ!て勿体ぶっているわけではありません。ただただ、産業革命以来の歴史的瞬間に立ち会えるかもしれないことにマジ感謝。そして、その構造変化の中心に自分たちが立てる可能性があることに、武者震いを隠せない。3D革命は、すぐそこまで来ている。



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