参考書を買って、資格試験をパスした気になる。 語学アプリを入れて、流ちょうになった気になる。 ジムに入会して痩せた気になる── 手に届く場所に引き寄せただけで、強大な力を得たような気になってしまうのは、昔も今も変わらないが、それにしても現代において、”してみた”だけで何も変わっていないことの多いことよ。。。
無尽蔵にコンテンツが絶え間なく流れるスマホ画面をボーっと眺めてしまう日常、それが企業活動でも似たような現象が起きていないだろうか。SaaSを導入した、ダッシュボードを整えた、生成AIを試してみた。 それだけで、DXに取り組んだというが──現場のプロトコルは一つも変わっていない。
なぜ、こんなにも「やってみた」が蔓延してしまうのか。
我々の思考を喚起しない要因として疑わしきもの
それは「呼称」だ。
たとえばCMMS。Computerized Maintenance Management System。 1960年代にIBMのパンチカードとメインフレームの時代から今なお業界で使い続けられている。
「電子化保全管理システム」 ——たしかに当時は革新的だった。 しかし現在、私たちはその名称の枠に、思考や発想を縛られてはいないだろうか。 当時から、もう半世紀が経っているのだ。CMMSに潜む言葉の意味を紐解いていくと、人知れず呪文化している「○○管理システム」の「管理」は、相当怪しいと私はみている。
「管理」は、逸脱を防ぎ、秩序を正し、ルールを順守させるもの。 それは本質的に、“変わらないこと”を目的とした概念のように捉えられる。変わってはいけない。 壊れてはいけない。 手順を超えてはいけない。それが管理から伝わってくるイメージ。
一方、欧米でいう“Management”は、そもそもが“変化の設計”を意味している。 人・プロセス・資源を再配置して、目的に向かって組織を動かしていく。変容を受け入れることが前提なっている。
ここに翻訳によって意図の不一致が生じている。日本の「管理」は、維持することに長け、その長所が裏目に出たとき、 人の思考は静かに停止へと向かう。管理という日本語には、“変わらせない力”が宿っているように響く。
そこで改名の提案。大胆にも呼称の解釈を変えることを提案したい。
Computerized Maintenance Management System改め、Continuous Maintenance Mission System。設備を維持することから脱却し、現場の状態変化に応じて、 自律的に最適な介入を設計し、実行する“ミッション駆動型の保全支援インフラ”へ。これは守る保全から、現場と共に動き続ける保全へスイッチを入れる瞬間だ。
名は体を為す
もし「ちいかわ」が「小動物生活記録」だったら? 「マインクラフト」が「掘削建築ゲーム」だったら? それでもこれほどまでに世間が熱狂しただろうか。「管理」が「運営」と同義だったら? 「導入」を「実装」と称していたら?「DX」が「事業変容」で浸透していたら? 私たちの行動や設計思想はきっと異なっていたに違いないと私は思う。
言葉が変われば、思想が変わる。 思想が変われば、行動が変わる。
単なる言い換えではなく、言葉が「何を可能にし、何を抑圧するか」という、 社会のプロトコルそのものに対する再設計だ。家庭で「しつけ」という言葉を「対話」に変える、 教育で「偏差値」ではなく「質問力」に置き換える、 企業における「管理」もまた、アップデートされる時を迎えている。今あなたが実装するシステムの名前を見てみてほしい。 そのツールは、あなたの組織の行動を変容する呼称になっているだろうか?
言葉を変えることは、未来の自分たちを変えることでもある。
名を変え、意味を与え、思想を育む。 その先にこそ、“やって変わる”事業変容がある。



コメントを残す