プロセスエンジニア3年目に、私は南米アルゼンチンのあるプラント建設現場に立っていた。 自分が設計に関わったプラントの性能試験に立ち会い、完工に導くためだ。「立ち会い」というと当事者感がないように聞こえるが、現場にプロセスエンジニアは自分ひとり、頼れる諸先輩は地球の裏側、スタートアップトラブルにまみれるには格好の環境と言えた。
コンプレッサーが安定稼働に入らず、ロデオの暴れ馬のようにバタついてトリップ(緊急停止)する。 こいつをなんとかしないと性能試験どころではない。 ピリつく現場で、矛先が向けられるのは装置を設計した者だ。
「シミュレーションが間違ってるんじゃないか」 「マテバラが合ってないんじゃないか」 「そもそもコンプレッサーの容量足りてる?」
周囲は主に土建出身の10年、20年選手。設計の背景まで共有されていなければ、彼らの疑いも無理はない。 しかもペーペーの新米エンジニアとなれば心配でしかなかっただろう。でも、私の中にはどこか「そうじゃない」感覚があった。

「ゲームじゃない」と怒鳴られ
私は敢えて、コンプレッサーのトリップを何度も繰り返した。 計器トレンドをにらみ、再現性を見極め、挙動をパターン化するために。 「要因分析はその先」にあると直感的に捉えていた。
普段物静かなシニアのシステムエンジニアに  「オペレーションはゲームじゃないんだ!」 と怒鳴られながらも、正しく失敗を積むことが、結果的にもっとも早い解決につながると信じて。

事実に混じる虚の情報
プロセスプラントの配管や装置の中の状態は、圧力・流量・温度・電力のトレンドから、定常か非定常か定量的に評価するが、複数のパラメータを同時進行で観察する必要があるので、大局観が求められる。 流量が急上昇 → 回転機の電力がオーバーロード → トリップ、という因果が見えてくると、流量が増えているにもかかわらず”アンチサージ弁が閉に向かわない“想定と逆の挙動をしている異分子に気付く。
ここで私は、制御システムにミスがあるのではと疑い、ベンダーにロジックの確認を依頼する。 しかし、返ってきたのは「ロジックに誤りなし」の一点張り。 アンチサージコントローラーは、ブラックボックスになっていてこれ以上は追えない。
――それなら、送信されている流量信号がおかしいのでは? と仮説を立てた。

「ビンゴ!」
流量計のデータシートを確認すると、 単位換算が間違っていた。 制御システムは、実際よりもはるかに小さな流量を示す信号を受け取っていた。
どうりでアンチサージ弁が閉まらないわけだ...
原因を突き止めた喜びというよりも「脱力」。 昼夜連勤でずっと張り詰めていたものが緩み、とりあえず、これで本来の性能が引き出せるという安心感。

エンジニアとしての原点
現場の仲間には、当時の私の葛藤が伝わっていたかはわからないが、地球の裏側――横浜で、昼夜逆転でサポートしてくれていたプロセスの上司から、 「お疲れさま」と言われた瞬間を忘れない。当時の回線はISDN、電話線をPCにつなぎ変えてメール送受信に数分かかった。オンライン会議は電話のみで、FAXに毛が生えたようなやり取りでつながっていた。
それ以来、現場で何かトラブルが起きても、設計を疑うのは最後。 最初に確認するのは、単純な接続ミス、設定ミス、係数ミス。 現場トラブルの原因のほとんどが、「コンセントがささっていなかった」レベルの人為的なもの。機械もプログラムも人の指示に忠実なので、良きも悪きも人から生み出され、現場は極めてシンプルだと。
「当たり前を、当たり前に正しくやることの難しさ」 これが、わたしのものづくり携わる上での原点であり、今も変わらぬスタンスである。

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